運営会社紹介

神戸三ツ輪 店主 竹中崇のご挨拶

こんにちは。神戸三ツ輪の三代目、竹中崇です。
私達は昭和15年の創業より神戸市長田区で地域に根差した精肉専門店として、祖父の代より家族で営業して参りました。
常に、お客様が「旨いなぁ~」と笑顔になれる本当に美味しい牛肉を追求し続けていますが、地域の専門店である以上、美味しくて安心・安全な牛肉をご提供するだけではなく、当店の牛肉を通して「お客様や地域の方々にどんな貢献ができるのか」という事が大切だと考えています。
なぜなら、阪神淡路大震災で店舗も実家も燃えてしまい、全てを失った時やBSEが社会問題となり、牛肉の消費量が今までに無いほど落ち込んだ時を乗り切ってこれたのは、家族で協力するのはもちろんですが、当店を信頼し支えて下さるお客様や地域の方々に恵まれたからこそです。
だからこそ、地域社会の繋がり・家族の繋がりがとても大切だと痛感していますし、肉屋の三代目としてだけでなく、地域の【食】の一端を担う人間として「楽しい食事を通して、人と人との繋がりを深め、家族・地域の生活を豊かにしたい」という想いがあります。
店主02

スタッフ紹介

竹中崇(三代目店主)

中央大学を5年(?)で卒業。学生時代は大学より雀荘にいる時間の方が長かったような気がします。

特技は早寝早起き!いつも双子の娘と一緒に寝るのですが、娘達は私のイビキを聞いてから寝ているそうです。

基本的には楽観的な性格で、昔から周りの友人達に「お前はホンマ幸せやな~」とよく言われるほど典型的なB型です。


食べる事が大好きで、外食の時など迷ったらいつも肉料理を注文するほどの肉好きです。その中でもやっぱりステーキが一番ですね。大きな鉄板の上で切り分けてお箸で食べる上品なステーキではなく、分厚いステーキ肉をナイフとフォークでガッツリ食べるのが大好きです。

そんな肉好きの私が肉屋として仕事ができること自体とても幸せな事ですし、
あるお客様が「孫に誕生日何が食べたい?って聞いたら『三ツ輪の肉!』って言われたから買いに来たんよ」と楽しそうに話して下さった時は「妥協せずにやってきてよかったな~」と本当にうれしく思いました。

竹中慶子(三代目の奥さん・接客・ギフトの包装や梱包)

とにかく好奇心旺盛、考える前に行動する性格で、お客様や知人から聞いたり、ネットなどで面白そうなことを見つけては子供達や友人と一緒に、以前はパン屋巡り、最近では「○○体験」にハマって色々な所に出掛けています。

また食べることも大好きなんですが料理はまだまだ半人前…お客様に牛肉を使った料理を色々と教えてもらっています。(肉屋なのに?)
いつか私がお客様にご提案できるよう料理の腕を磨いていきます!(笑)


大切な方への贈り物はお任せください!

遠方のお客様にも、お肉を発送する時やギフトとしてご利用いただく時に、先方の顔が見えない分、喜んで頂けるようにお肉の品質や見栄えはもちろんですが、入れ方や包装、梱包に細心の注意を払って送らせて頂いています。
そんな遠方のお客様から感謝のお手紙を頂いた時や店以外の場所で声を掛けて頂いた時、ニュースレターを読んで「いつもありがとう、楽しかったよ」って言って頂いた時など、とても嬉しく「これからも頑張ろう!」と思います。

これからもお客様にお肉を買って頂くだけではなく「楽しいお店やな」「また買いに来たいな」と思ってもらえるような明るいお店づくりを心掛けていきます。(たまにしゃべり過ぎてしまいますが…)

竹中利明(父・先代・現在は揚げ物など惣菜を担当)

  • 全国食肉事業協同組合連合会 前副会長
  • 兵庫県食肉事業協同組合連合会 前会長
  • 2016年 旭日双光章受賞

初代の父より店を受け継ぎ30年以上に渡って肉屋をやって参りました。

スタッフ 竹中利明

その間、阪神淡路大震災で家も店も失ったり、商店街がどんどん廃れていき、友人・知人が店を閉めていったりと色んな事がありましたが、長年ご利用頂いているお客様にも恵まれ、妥協せず本当に美味しい牛肉だけを追求してきたおかげか現在も店頭に立ち続けることができています。

メインの精肉業務は三代目(息子)が引き継いでくれていますが、現在も揚げ物などの惣菜を担当し、ご家庭で愛される昔ながらの肉屋の惣菜、肉屋だからこそ出せる味を守り続けていきたいと思っています。

また70年以上お店をやってこれたのも、この地域のお陰です。本当に美味しい上質な牛肉を提供し続け、信頼される肉屋であり続けることはもちろんですが、少しでもこの地域の方々に恩返しができるよう現在は自治会長や民生児童委員も務めさせて頂いています。

子供達が100円玉を握りしめ、「おっちゃん、ハムカツ1つくださーい」と、おやつ代わりに買っていく。

そんな昔も今も変わらない姿を見ていると「長年お店を続けてきてよかったな」と思いますし、まだまだこの地域に恩返しをしていきたいと思っています。

竹中 美穂(母・接客・揚げ物など惣菜を担当)

趣味は近所に住んでいるいとこと月1回旅行に行くことです。
美味しい食事をしたり、温泉に入ったり、何気ない世間話をしたりと特別なことをするわけではないんですが、ゆっくりした時間を過ごすのが大好きです。

お店では揚げ物などの惣菜を作ったり接客をしながら古いなじみのお客様や久しぶりに顔を見せてくれたお客様と「お互い元気で何よりやね」「いつまでも元気に頑張らんとね」といった会話を楽しんでいます。

そんなお客様にいつまでも安心して来店して頂けるような「昔ながらのお肉屋さん」でありたいと思います。

スタッフ 竹中美穂

後継物語

当店は、祖父の代より神戸市長田区で70年以上に渡り家族で肉屋を営んで参りました。
そのため、幼いころから町内を歩けば「三ツ輪さんとこの崇君」「お肉屋さんの息子さん」と周囲の人達はみんな知り合いという環境でした。
ですが、高校生の頃から、周囲の人達がみんな自分の事を知っているということに息苦しさを感じるようになり(思春期だったので…笑)「人目を気にせず自由にしたい」という一心で神戸の地元から離れ中央大学に進学しました。

それからはハメを外してしまい、気の合う友人と好きな事をして遊び(主に麻雀)気付けば「大学5年生」になっていました…
「そのうちいつかは神戸に戻って肉屋を継ぐんやろな」となんとなく思ってはいたのですが、社会人経験をしないのはもったいないと思いましたし、何よりこのままお店を継ぐと「アホな三代目」になってしまうと考え、ゼネコンに就職することが決まっていました。

1995年、大学5年生の冬、就職も決まり、後は卒業試験をパスするだけだったのですが、 その卒業試験初日の朝に阪神淡路大震災が起こってしまいました。
早朝に大学から電話があり知ったのですがテレビをつけて愕然としました。
ちょうど実家のある地域の映像が映っており建物は全て倒壊し、火事になっていました。
当然、実家に電話しても繋がらず、親戚や地元の友人知人達に電話しても誰一人連絡は取れず… 大学からも「試験は延期するから実家に帰りなさい」と言って頂いたのですが 交通も麻痺して帰る手段もありませんでしたし、家族が何処にいるのか、生死すら分からない状況に頭が真っ白になり、内心「もうアカンなぁ」と諦め、そのまま卒業試験を受けました。
試験自体はなんとかパスしましたが、家族が生きているのかどうかすら分からず不安に押しつぶされそうな毎日を過ごしていました。
震災が起こってから1週間ぐらい経った頃でしょうか、地元の友人が「お前のお父ちゃんとお母ちゃん避難所で見かけたで。元気そうやったわ。」と電話をくれました。
私は何度も友人にお礼を言って、「とりあえず大阪ぐらいまで戻れたら何とかなるやろ」と思い、すぐ神戸に帰りました。
友人に教えてもらった避難所で無事両親と再会することができ、心の底から安心し全身の力が抜ける感覚を今でも覚えています。
そのあと実家やお店のあった場所を見に行ったのですが、全焼しており、家族の写真やお店の写真、初代である祖父の写真、何一つ残っていませんでした。 その時に、高校生の頃は息苦しいと思っていた日常が実はとても恵まれ幸せだったことに気付かされました。 内定していた会社からも「状況が状況だから内定を取り消して神戸に帰ってもいい」と言って頂いたこともあり、 両親と一緒にゼロから肉屋を再建する決心をしました。

 

「どうせなら前よりデッカイ店を作ったろ」
同業者や同じ商店街の人達が店をたたむ中、父がそう言って、復旧工事の作業員の方たちにお腹いっぱい食べてもらおうと、震災から約1ヶ月後の2月22日に青空食堂から再スタートしたのですが、自分の父親ながら「タフやなぁ。」と感じました。 大学卒業後、修行に入ったのですが、 幼い頃は当たり前のように見ていた作業がどれだけ大変なことか思い知らされました。

余分な脂や固いスジを取り除く作業、部位によって異なる味わいや食感を活かすための切り方、 すき焼き用や焼肉用、カレーなどの煮込み用…料理ごとにどの部位を使い、脂を完璧に取り除くのか、残すのか。

…全て書き出せばキリがないほど牛の知識や部位ごとの特徴、肉の捌き方、切り分け方など、父に徹底的に叩き込まれました。そして知識や技術を身につけ10年経った頃から仕入れを任されるようになったのですが、牛の見極め方を身につけるのにとても苦労しました。

作業風景 店主01

当然ですが、牛によって個体差があり味が大きく異なります。 神戸牛だから、黒毛和牛だから、A5等級だからといって美味しいわけではありません。 ・綺麗な霜降りが入っているけど味がしない牛 ・霜降りは少ないけど、柔らかくしっかりとした旨味がある牛 ・見た目は同じでも、雑味の多い牛、少ない牛 などなど、ブランドや等級に惑わされず、味・品質がバラけずに 「これが三ツ輪の味です!」と自信を持ってご提供できるようになるまで、さらに10年かかりました。

その間、馴染みのお客様から 「お父さんの味にはまだまだやな」「しっかり勉強しいよ」と叱咤激励(?)されながら、試行錯誤の日々でした。 (それでも毎回お肉を買いに来てくれていました。今思えば温かく見守ってくれてたんやなぁと思います。当時は必死で、そんなお客様の気持ちを感じる余裕はありませんでしたが…笑)   そして父から店を受け継ぎ、店主としてお客様と接していく内に 「この前オススメしてもらった肉旨かったわ~。ウチの子供達も旨い旨い言うて食べとったから今日も同じのんちょうだい!」 「孫に誕生日何が食べたい?って聞いたら『三ツ輪の肉!』って言われたから買いに来たんよ」 と、ご家族の事を嬉しそうにお話して下さるお客様が非常に多い事に気づき、 「美味しいお肉をガムシャラに追求してきたけど、安心・安全で美味しいのは当たり前。お客様が家族で美味しいご飯を食べながら楽しい時間を過ごす為のお手伝いをするのが肉屋としての仕事なんや」という事に気づきました。 そうすることで、祖父や父がしてきたことの本質が見えてきたように思います。

父は ・全国食肉生活衛生同業組合の副会長、兵庫県支部の会長を務めたり ・震災時には避難所でボランティアをしたり ・現在も地域の自治会長や民生児童委員を務めたり と、本業の肉屋だけでなく同業者組合や地域で様々な活動を現在も行っています。 現代では、人間関係が希薄になり、地域での活動なども少なくなってきていますが、一昔前は、ご近所同士が助け合い、地域の繋がりも強く、みんなで協力して地域の活動をしていたように思います。
作業風景 父

ですから、父にとっては当たり前の事をしているだけかもしれませんが、そんな活動の一つ一つが肉屋とお客様という関係だけではなく、人と人としての信頼関係を築くことに繋がっているのだと思います。 だからこそ、私が「これが三ツ輪の味です」と自信を持ってご提供できるようになるまでの試行錯誤している時期も、昔馴染みのお客様が文句(?)を言いながらも、お肉を買い続けてくれ、見守って下さったのだと思います。 私が祖父・父から受け継ぎ、やっていくべきことは、美味しくて安心・安全なお肉をご提供するのはもちろん、明るく楽しい食卓を作るお手伝いをすることで、人と人との繋がりを深め、家族・地域の生活を豊かなものにしていくことだと考えています。 そのためにも食べて「幸せやなぁ~」と感じて頂ける最高の牛肉だけを、これからもご提供し続けて参ります。

社 名 神戸 三ツ輪
代 表 竹中 崇
設 立 昭和15年10月
所在地 〒653-0039 兵庫県神戸市長田区日吉町6丁目1-15
電話番号 078-734-0432
FAX番号 078-733-4129
メールアドレス mituwa@kyp.biglobe.ne.jp

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